広報誌

Vol.24 2016年3月発行

羽中田 昌(東京23FC 監督) 「“現場”で戦える幸せ」

監督としての考え方を変えた

— 2015年に東京23FCの監督に就任しましたが、就任までの経緯を教えて下さい。

 僕が指導できるチームを探していたときに、東京23FCの原野大輝GMと知り合ったのが、最初のきっかけですね。原野GMが僕と同じ山梨県出身という縁もありましたし、何よりチームの可能性に惹かれました。

— 羽中田さんは、これまでカマタマーレ讃岐、奈良クラブなどを率いてきましたが、東京23FCではどのようなチーム作りをしようと考えていますか?

 個人的にはバルセロナで指導者の勉強をして、ヨハン・クライフ監督のチームがやっていた、ピッチを広く使って、ボールを支配するというサッカーをやりたいという思いもあります。でも、カマタマーレ讃岐と奈良クラブでは自分の理想を追求したけど、選手の良さを十分に引き出せませんでした。

— 理想と現実のギャップを感じたんですね。

 そうですね。そこで監督としての考え方が大きく変わりました。サッカーをプレーするのは監督ではなく選手です。だから、選手が一番力を発揮できるようにするのが監督の仕事なんじゃないかと。いわば「選手が戦術」という考え方ですね。また、東京23FCには優秀なコーチもいるので、コーチの力を借りながら、みんなでチームを作っていくというスタンスで今はやっています。

— 「選手が一番力を発揮できるやり方」というのは、どのようにして見つけていくのでしょうか。

 練習などで選手が示してくれます。観察していると、選手が「こういうプレーをしたい」というメッセージを発しているので、それを見逃さずに組み立てていきます。

— 東京23FCはプロチームではないので、専用グラウンドがないなど練習環境にはいろいろな制約もあると思います。

 もちろん、クラブとしてより良い環境を作る努力はしていかなければいけませんが、そこには時間もかかります。グラウンドがないなどのマイナスをプラスに変えていくことが必要になってきます。

— トレーニングのプランを考える上で難しさは感じませんか?

 むしろ、そこを考えるのを楽しむことが大事なのかなと。いかに効率良くやっていけるか。どうやってアドバンテージにしていけるか。練習環境が良くないからと言い訳をしていたら、そこで終わってしまうので。

— 朝の練習が終わって仕事に行ったり、学校に行ったりしていますが、選手のモチベーション面はどのように感じていますか?

 みんなサッカーが大好きで、だからやっているんだと思います。サッカーをするために仕事を調整したり、すごい努力をしてグラウンドに来ている。だから、モチベーションはすごいです。当然集中してやってくれるし、選手がそういう思いで来てくれているから、練習メニューもそうだし、効率良くトレーニングできる準備をしないといけない。練習のときは良い意味でピリッとした雰囲気がチームにはあります。試合の中での「何が何でも勝つという気持ち」は、こちら側も引き出すように働きかけています。

— トレーニングはどのように組み立てているのでしょうか?

 シーズンオフの時期は、フィジカル作りもそうですし、選手のキャラクターを見極めながら、チームとしてどんなサッカーをやるのかという方向性を決めていきます。シーズンが始まってしまうと、次の試合の相手に勝つために何をするかという対策がメインになります。

指導者としてサッカーに関わることができて、自分の経験を伝えられる。何よりも、仲間と一緒に目標に向かっていけるのが、すごく楽しい。幸せですよ。

安定した戦いを見せたい

— 昨シーズンは目標としていたJFL昇格はできませんでした。羽中田監督にとって1年目のシーズンで感じた収穫と課題は。

 JFL昇格という結果は出なかったのですが、今シーズンに向けて良い準備はできたと思います。昨シーズンを振り返ってみると、自分たちより下位のチームと引き分けてしまって、勝ち点をとりこぼしてしまいました。

— なぜ下位チームに引き分けてしまうことが多かったのでしょうか。

 一つは、対戦相手がどういうサッカーをやってくるのか、情報が少ないので、フタを空けてみるまでわからないんですね。そこでの取りこぼしというのがありました。もう一つは、連携面で細かいところまで詰め切れなかったこと。うまくいく試合と、うまくいかない試合の差が大きかった。

— 天皇杯では東京都代表決定戦まで進みましたが、早稲田大学に敗れました。

 早稲田大学との決勝には仕事で来れない選手がいたり、ミニ国と重なったりして主力が何人も出られない状態でした。もちろん、チームには他にも良い選手がいるのですが、いつもと違う組み合わせになるので、ちょっとしたズレが起こってしまう。

— 今年のチームの目標を教えて下さい。

 昨シーズンの反省も踏まえて「安定的に戦う」ということです。対戦相手のプレースタイルや、自分たちのメンバーによって戦い方を変えられる多様性が必要です。

— チームの核となる選手は?

 キャプテンの吉田正樹は、チームリーダーとしてピッチ内外で引っ張ってくれています。昨年の国体メンバーにも選ばれたストライカーの山本恭平、ムードメーカーの岡正道なども重要な役割を担ってくれています。ただ、誰かが怪我や仕事で欠けても、コンスタントに力を発揮できるチームになることが大事だと思っています。

現場より楽しいものはない

— 羽中田さんは車椅子で生活されているので、現場の仕事をするうえで大変なこともあると思いますが。

 こういう体なので、いろいろな人とのかかわり合いがないと成り立たないので、そこから生まれるものはすごいなと感じています。必然的にスタッフとのコミュニケーションも増えます。僕としては、そういうところがすごく楽しいですね。
 例えば、普通の監督であれば、トレーニング中に気付いたことがあったらすぐに近寄って言えますよね。でも、僕の場合は車椅子で移動に時間がかかるので、今言いたいと思ったときに言えないこともある。だけど、それを言わなかった後のプレーで、自分の想像を超えるアイデアだったり、むしろもっと良いプレーが出たりする。もちろんマイナスの面もたくさんあると思うけれど、プラスの面もあるんじゃないかと思っています

— トレーニング中もコーチなど他のスタッフが声をかける場面が目立ちました。

 僕がすべてを見切れないので、他のスタッフも積極的になってくれています。

— 関東リーグで4年目を迎える今シーズンこそはJFLに昇格しなければいけないというプレッシャーもあると思います。

 もちろん、そこが一つの目標ではありますが、勝負の世界で必ず勝つということは難しい。運もあります。だからこそ、目標をプレッシャーにせずに、充実させるためのものとして、楽しむことが大事なのかと思います。

— 決して恵まれた環境ではないと思いますが、それでもサッカーの指導をするのは楽しいですか。

 楽しいですよ。僕自身はこういう体なので、自分でサッカーをすることはできない。だけど、指導者としてサッカーに関わることができて、自分の経験を伝えられる。何よりも、仲間と一緒に目標に向かっていけるのが、すごく楽しい。幸せですよ。

— 現場でなければ得られないものがあるということなんですね。

 それ以上のものはないと思います。

— 最後に、東京でサッカーに関わっている方に向けて、メッセージをお願いします。

 今シーズンの関東リーグは「江戸川陸上競技場」で4試合が開催されます。僕たちにとって「江戸陸」はホームスタジアムのようなものなので、ぜひ足を運んでいただいて、一緒にサッカーを楽しんでほしいと思います。昨年はクラブとして「江戸陸満員プロジェクト5000」という仕掛けをして、流通経済大学戦で関東リーグ史上最多となる3300人を動員しました。本当にありがたかったですね。

— 改めて、東京23FCというチームの魅力を教えて下さい。

写真1羽中田監督とスタッフが「チーム」となって指導している

 サッカーというのは人、つまり選手がやるものです。選手が、自分の持っている力を最大限に発揮すれば、必然的に良いチームになるし、面白いサッカーができると思っています。監督として、選手の良さを引き出していきたいし、観客の皆さんにもぜひ、選手たちが生き生きとプレーする姿を見てほしいと思います。

PROFILE

羽中田 昌 はちゅうだ・まさし

1964年7月19日、山梨県甲府市出身。韮崎高校在学時に出場した全国高校サッカー選手権において、2年次に準優勝し、優秀選手に選出される。3年次には腎臓病の影響で医師から「1試合20分以内」のプレー制限がありながらも、決勝戦に出場し活躍。バイク事故で下半身不随となり、サッカー選手を引退。その後、指導者を志して、1995年にスペイン・バルセロナに留学。2000年に帰国し、06年に日本サッカー協会・S級指導者ライセンスを取得。暁星高校のコーチ、カマタマーレ讃岐、奈良クラブの監督を経て、15年に東京23FCの監督に就任。